私が環境を変えるのか、環境が私を変えるのか
こんにちは、よっぴー(@yoppie_92)です。
季節感の無いまま11月に突入です。南の国の人が穏やかなのってこの辺にあるんだるなあと心底思います。
冬があると蓄えたりしなきゃいけなかったわけだしね。
今日は、最初の頃に書いたこの記事のような考えごとのお話。
半年近くもやもやと考えてきたので整理がてらに。
きっかけは社長からの一言
休職前、社長との面談が今回の記事のきっかけです。
「この会社で最初に働くことが出来て学んだことは沢山ある。ただ、20代のうちに海外で働きたいと思ってきて、その気持ちはずっと変わらなかった。そして今回の留学はその第一歩です。」ということを伝えたところ、
自分の理想の環境を見つけられることなんてなかなか無いんだから、
自分の今いる場所で自分の理想の環境を、自分で創り上げるというのもありだと思うよ。 環境を変える側になった方が面白いことは沢山ある。
実際に、社内は私の後輩に当たる新卒の社員たちがどんどんと手を挙げて挑戦・変化していました。
その中で私は消耗しきり、ただただ目の前のことをこなすだけの日々でした。
この言葉を掛けられた時の感想
本当に社長の言葉の通りだと思ったのと同時に、最初に感じたのはこんなこと。
「ああ、やっぱり私は逃げてるんだ。逃げてると思われているんだ。」
今だから言えるようになったけれど、私は開き直りました。
私は周りに影響を受けやすい人間です。だから余計に、受けたい影響がある環境に動き続けていきたい。
理想の環境なんて無い。
ただ、人を変えるっていうのはすごくすごく難しい。それなら自分を変える方が簡単で、その一つの手段として私は自分がいる環境を変えることしたのです。
何を基準にするのか
これまで悩んできたときは、 「ワクワクする方を選ぶ」を基準に生きてきました。
ただ、私が感じる「ワクワク」ってなんなの?というのがずっと具体化出来ていません。単純に、心が惹かれる方へという話ではあるのですが。
そこで新しく気が付いたのは、「どんな環境・どんなことをしている私がより好きか」という判断軸。
環境・何をするか、がイメージ着いたら、現時点とそこのギャップを具体的に埋められる手段を考える。
自分を変えたいときの考え方として、これが腹落ちしました。
結局、私が環境を変えるのか、環境が私を変えるのか?
前者も後者もどちらもあると思います。
今の私は後者で動いています。
なぜなら本気で変えたい・作りたいと思えるものが無いから。
世の中を変えようとして本気で熱量を持って日々活動している人たちが沢山います。
本当に本当にかっこよくて、心から尊敬できる人が沢山です。
そういった人たちをTwitterなどのSNSでそれをリアルタイムに見られるようになり、同時に、何も進化できていない自分に対して自己嫌悪・焦りでいっぱいになることもあります。
きっとこれは私だけじゃ無いはず。
ネガティブになる自分を受け止めつつ、どうポジティブになれるのか、
ポジティブになれる環境に動くことは逃げではないと思っています。
どうやって生きるか
所縁もない国への留学、休学、インターンシップ、社会人での再びの留学。
まだまだ何も成し遂げられていないし、成功と言えるものはこの家族の中に生まれてきたことと・インドネシアという国を選んだという誇りくらいです。
「親はなんて言ってるの?親に申し訳ないと思わないの?」
何度もこんな言葉を投げかけられてきました。
わかっている。私は本当に恵まれて生きてきました。親や周りの人には本当に頭が上がりません。本来なら、親孝行出来るようなライフプランを選ぶべきなのかもしれません。
「恵まれているからこそ全力で生きる」ことにしました。
流されやすく、自己嫌悪に陥りやすいからこそ、どんな環境にいる自分が好きかを考える。
恵まれているからこそ、全力で生きる。
寂しさを紛らわすような取捨選択はせず、これを選んだ自分を自分は好きなのかと一度立ち止まる。
アウトプットが思いつかないならインプットする。
そんなことを改めて決意した11月です。
それでは、さんぱいじゅんぱ。